INTERVIEWインタビュー
食から暮らしをつくっていく
2021.02.16自然食堂えん |
丸山志織・厚
取材日:2021.02.01
Photo:
ニセコ町の曽我地区に一軒のレストランがある。「自然食堂 えん」だ。玄関脇に小さな看板があるだけだが、ニセコの住人で知っている人は少なくない。ここは自然の食材を生かした自然食のお店だ。このレストランを営まれている丸山さんご夫婦は、単に料理を食べてもらうことだけではなく、自然の法則にならった生活を考えてもらえるキッカケを作っている。それによって、現在多くの人が抱えているストレスや体の不調が自然に改善されるということを丸山さんご夫婦は感じてほしいと言う。
自然食堂 えんでは、お昼のお弁当のケータリングも行っているが、さらに食のワークショップを定期的に開催している。そこにはリピーターの参加者も多く、楽しみにしている人も多い。
参加者はワークショップを受けることで、季節の食べ物を丁寧にあつかい、自然の味を生かした料理を体感することになる。そうすることで、食の大切さやその素材の持っている味への理解が高まる。そうした一連の経験が、参加者それぞれの今までの生活を考え直すキッカケとなり、自然との向き合い方が変わっていくのだろう。
日本を見つめ直したイギリスでの留学経験
奥さんの志織さんは、北海道の共和町で生まれ育った。自然豊かな町の生活の一方、経済活動による開発なども目の当たりにしながら成長し、そのことに違和感を持っていた。そんな気持ちを抱きながら、大学はイギリスに留学することになり、そこで自然保護について学ぶ機会を手にした。そのときに出会ったのが、自然食やマクロビオティックという考え方だった。日本の食生活にヒントを得て西洋で発展していた菜食主義に出会った。この出会いは志織さんに大きな衝撃を与えた。最先端の自然保護を学びにきた留学先で、自分が生まれ育った日本にこそ学ぶことがあると知ったからだ。このことは日本に住む多くの人にとっても同様に衝撃を与えるだろう。そしてそれは、自然保護の考え方を広めていくための足掛かりになるだろう感じた。
そこで改めて、人と自然が一体となって暮らしていくと言う考え方を、暮らしの中心にある「食」を切り口に伝えていこうと考えられた。当時日本は経済成長の真っ只中で、都市や暮らしの様子が急激に変化する日本であったが、志織さんの記憶の中には自給自足で自然とともに暮らしている風景がまだ残っていた。このままでは人々の幸福にはつながらない。今こそ日本でそのことをもう一度人々に伝えていきたい。そう感じられ、日本の暮らしのあり方や精神性を見つめ直そうと日本に戻られたそうだ。
自然食は暮らし方
日本に帰ってからは栄養士であり自然療法の先駆者である東城百合子さんに自然食を学ばれた。
自然食の基本はその季節ごとにそこにある素材の美味しさを活かしていくことだ。そこでの学びは、何か特別なものを食べるから元気になるということが重要なのではないと志織さんはいう。加工食品や加工調味料を使わずに、自然の食材や素材を生かした簡素な食生活の中に、暮らしの豊かさを感じていくことができる。そこには究極の簡素さの中に、太陽の恵みを感じることができるのだ。
志織さんは親と子の愛情について「子供に親が存分に愛を与えることで、モノへの欲求が薄れ、自然とともに生きていくすべが備わる」と言う。これは推測するに、子供が愛情に満たされることで渇望がなくなる。それはさらに、体で感じる感覚が研ぎ澄まされていく。子供がそのように成長することで、自然とともに暮らしていくという人の本来の暮らし方につながっていくということだと感じた。
ご自身も自然の中に身を置くために、ニセコに越してきた。元々お母さんが飲食店をやられていたこともあり、そのお店を引き受けて始められたのが「自然食堂 えん」だった。そして、旦那さんの厚さんとの出会いも自然食だった。
自然食堂えん 外観
自然食がつなぐ出会い
旦那の厚さんは元々アメリカのレストランで約20年ほど働いていた。昼も夜も献身的に働いて、ソムリエにつくまでに努力されていた。その中である時ふと労働環境の過酷さに心身ともにボロボロになっていく状況に疑問を持ち、日本に帰国されたという。その後知り合いの紹介もあり、自分の飲食の経験と英語力が活かせるニセコにて再び働き始めた。しかし、国や環境を変えても厚さんの心身の状況は改善しなかった。そんな状況を見てか職場の同僚が連れてきてくれたのが「自然食堂 えん」。
自然食との出会いで体の毒素が抜けて心身の状態が改善した。同時にそこで食べた野菜本来の美味しさに厚さんは感動したという。素材の味を最大限生かした志織さんの料理に、厚さんは引き込まれていった。
「自然食の料理の味は余韻を感じさせる。如何にこれまで食べてきた多くの料理が、素材自体の味を生かせていないかを感じた。」そう、厚さんは続けた。
また、この出会いでご結婚されたお二人。今ではお互いの取り組みをコラボレーションさせて、自然食とワインのペアリングのワークショップという新たな取り組みも始めている。
提供するのは非日常ではなく日常
「自然食堂 えん」で提供する料理に関して、よくたくさん作ってたくさん売ったらどうかと言う申し出があるそうだ。ただ丸山さんご夫妻は今のスタイルを貫くことを選択している。そもそも大量生産はできないし、それが目的ではない。自然と一体となって暮らしていくことを食を切り口に感じて考えてもらう。そのことの普及を行っているのだ。
目先の美味しさや快適さにつられ、安くお腹を満たせるものは日本中どこでも均一な品質で手に入る。ただ、それよりかはここでしか食べられないもの、感じられないことに価値をおくべきではないだろうか。
これは食だけではなく、まちづくりに関しても同じだと思う。
開発の根本を、自然の法則にならったまちづくりにシフトしてはどうか。自然の声を聞き、まちの自然を感じて、自然と接続して生きていく。そのことがまちの人たちの幸せにつながっていくのだと感じる。まちは自然の中にあるのだから、自然を根本においたまちづくりをするのは当然の流れだと思う。この町のまちづくりは、自然の法則にならったものであるべきではないだろうか。
答えはきっと自然の中にある。そんな豊かなまちづくりを町の人と作っていきたいと感じた。そういう考え方を「自然食堂 えん」は料理を通して教えてくれている。
プロフィール
Photo:牧寛之
自然食堂えん
丸山志織・厚
2017年秋「自然食堂えん」オープン
志織さんはイギリス留学時代に自然保護思想に目覚め、東城百合子さんの「自然療法」からも多くの学びを得た。
厚さんはアメリカのレストランでソムリエとして働いた後に帰国。
知り合いからの誘いでニセコで働き始めたことをきっかけに自然食と出会った。
文責:牧 寛之