INTERVIEWインタビュー
「食」から創造する新たな価値と生き方の多様性 < 後編 >
2021.04.10The POW BAR |
スコット 愛
取材日:2021.02.23
Photo:牧 寛之
思いが形になるまで
エナジーバーを作ろうと思った最初のきっかけは、愛さんがテレマークスキー専門ショップで働いていた時に出会った写真家のRip Zingerさんだった。Rip Zingerさんがお店に来店した際、愛さんに「HANAH ONE」(商品名)という興味深い食べ物を紹介してくれた。それは、アーユルヴェーダ(インドやスリランカ発祥の伝統医療)に用いられる生薬の力を盛り込んだペースト状の食べ物を、一般の人々が手に取れるよう商品化したものだそうだ。それを知った時に、愛さんは「これだ!」と感じた。HANAH ONEをヒントに、今まで自分が食べ物に対して感じていたことや思いをどうやって形にしていこうかと考え始めた。その後さまざまな検討を重ねて、「エナジーバー」として自分の思いを形にすることを決めた。
エナジーバーの開発を始めたのは約5年前の2016年だった。開発を開始した当初は、自宅のキッチンで実験を行っていた。その後札幌にある自転車店の空きキッチンを借りて製造を行うようになったが、ニセコ町から札幌に頻繁に通うことは難しく、ニセコ町近隣で商品の製造ができる場所を探していた。そんな時、今のカフェが入っている、当時使われていなかった店舗に巡り合うことができた。借りた店舗は、商品の製造だけを行うには規模が大きく感じたため、これまで作ってきたエナジーバーのリブランディングと併せて、そのコンセプトを体現するカフェを2019年10月に同時にオープンすることとなった。
自分のやっていることがなかなか思うように形にならず、一時はエナジーバーを作り続けるかどうか迷ったこともあったそうだ。しかし、パートナーのノリスさんからの励ましもあり、これまでやめずに続けることができた。そう語る愛さんの言葉には温もりを感じる。
The POW BAR
愛さんがつくるエナジーバー「The POW BAR」のコンセプトは、「自然に寄り添う暮らしと食べ物」。植物性の原材料を使用すること、白砂糖を使わないこと、そしてその美味しさにこだわって製造している。また、高い「品質」にこだわり、食べた人が「健やか」になること、そして心や身体に良いものを共有し合える「コミュニティ」を育てることも大切にしている。商品のパッケージは自然をイメージしたデザインとなっており、雪や森、川、太陽などを連想させる色を取り入れている。
エナジーバーは、日本全体で見ると日頃から親しまれている食べ物ではないが、山登りなど外でのアクティビティを行う人にとっては馴染み深い食べ物である。最近では、習い事に通う子どもに持たせたり、非常食として備蓄したり、また仕事で忙しく過ごしている人たちが携帯するなど、普段の生活の中でも食されるようになってきているという。The POW BARは、一般のお客さんのみに留まらず、プロのアスリートにも利用してもらうことを目指し研究・製造を行っているそうだ。
エナジーバーのラインナップは、その時々のお客さんの動向に合わせて常に見直すよう心掛けている。例えば、ニセコではスキーやスノーボードに行く際にエナジーバーを持っていく人も多いことから、気温が低い場所でもガチガチに固まらずに快適に食べられるよう成分の配合や製造方法にこだわったり、また夏の気温が高い日にドロドロに溶けないようにすることにも気を配った。家でエナジーバーを食べる人が多いように感じた時は、バーをコーティングしているポピーシードがパラパラと落ちるのを防ぐため、一度ポピーシードの使用をやめてみるなど、エナジーバーのより良いあり方を日々模索している。一度この方法で始めたのだから今後も絶対こうしなければダメだ、という考え方はあまり好まないとのこと。「壁にぶち当たったら、その時はかたちを変えていけばいい」と、明るく話す愛さん。
The POW BARの前身となるエナジーバーを製造していた時の卸先の会社は3〜4社だったが、今では日本全国で約60社となった。今後はアウトドア関係の施設だけでなく、一般の人にも手に取ってもらえるような気軽な場所で購入できるようにしていきたい、と語る。現在、エナジーバーの製造やカフェ営業、事業全体の運営なども含め、計6人のメンバーで運営を行っている。エナジーバーは、多い時で月に8,000本作ることもあった。もっとたくさんの人に手に取ってもらえるよう生産を拡大していく予定だそうだ。
「食べること」から考える「生きること」
エナジーバーの原材料やカフェで提供するメニューでは、ヴィーガン(vegan)が食べられる植物性の食材を使用している。「ヴィーガン」とは、肉や魚、卵、乳製品などの動物性食品を食べない人のことを指す。日本で自分が「ヴィーガン」であることを伝えると、「独特の主義・主張を持った変わった人」や「宗教的な思想が強い人」といった、ネガティブあるいは少数派としてのイメージを持たれることが多々ある。ヴィーガンが食べるものは美味しくないといったイメージも流布してしまっている。さらに、人と一緒に食事に行く際など、自分がヴィーガンであることを事前に報告しないといけない場面が多い。お店選びが難しくなり、面倒なことを言う人、と思われてしまうこともある。
しかし、本来何を食べるかはそれぞれの人の「選択」だ。肉を食べることが人間のスタンダードではない。さまざまな選択肢が当たり前にある、ひとり一人の思いや考えが尊重されるような世の中になってほしい。そして色々な場所でThe POW BARを知ってもらい、それをたくさんの人に手に取ってもらい、食べてもらうことで、その人の食の選択肢を増やしたり、食について考える一助となるとともに、何か新しいことを発見するきっかけになれば嬉しい、とエナジーバーにかける思いを語る。
「ニセコといえば、そして北海道といえばこのエナジーバー、と言ってもらえるようになりたい」とThe POW BARの今後の挑戦について語る。将来的には北海道産、かつ有機生産された原材料を使用してエナジーバーを作りたい。それができて初めて地域に貢献できたといえるのではないか、と力を込める。愛さんのまっすぐな思いとその凛とした姿には、接しているこちらの気持ちも奮い立たせてくれるパワーがある。食の奥深さを改めて認識すると同時に、食の新たな可能性を見出した取材だった。
プロフィール
Photo:牧 寛之
The POW BAR
スコット 愛
北海道小清水町出身。エナジーバーブランド「The POW BAR」の創設者。アウトドアメーカーでの販売や商品企画開発の経験を経て、ニセコ町に移住。日頃から抱いていた食に対する興味関心や趣味の山登りでの経験などから、自身が大切にしてきた「自然に寄り添う暮らしと食べ物」をかたちにしようとエナジーバーの開発を決意。前身のエナジーバーを現在の「The POW BAR」にリブランディングする際、そのコンセプトを体現したカフェ「The POW BAR cafe」を同時にオープンした。
文責:佐々木 綾香