INTERVIEWインタビュー
自分らしい暮らしと思い合える未来
2021.07.21SEED BAGEL & COFFEE COMPANY |
平野 大輔
取材日:2021.04.01
Photo:佐々木 綾香
ニセコ町でベーグルカフェ「SEED BAGEL&COFFEE COMPANY」を経営する平野大輔(ひらの だいすけ)さん。今回のインタビューの待ち合わせ場所はニセコモイワスキーリゾート。スノーボードに熱中しニセコに移住した、平野さんらしいチョイスだ。今回は親しい仲間と共に雪板を楽しむとのことで、自分たちで手作りしたコースを雪板で颯爽とすべる人たちを見ながらインタビューを行った。
スノーボードと旅
平野さんは北海道釧路市の出身だ。高校まで釧路で過ごし、その後東京の大学に進学した。大学卒業後は東京で2年間会社員として働いた。小学校の頃からスキーに親しみ、大学の頃からスノーボードに熱中し始めた。東京の会社を退職した後は、1年間ニュージーランドでスノーボードをしながら旅をした。そして、ニセコの山に魅了され、2001年頃にニセコエリアに移住した。
ニュージーランドに住んでいたときは、中華料理屋で皿洗いの仕事をしていた。「オーナーのエミリーがめちゃめちゃ怖い人で、どんどん人が辞めていく。でもエミリーは英語や中国語で怒るから、何を言ってるのか自分はよく理解できなくて、だから逆に全然平気だった(笑)」そう笑いながら語る平野さん。平野さんの朗らかさと、異文化の中で生き抜くたくましさが伝わってくる。
ニセコエリアに移住してからは、地域の大手ホテルなどで働いた。アルバイトから社員となった。昇進するにつれて段々と仕事が忙しくなり、スノーボードに触れる機会がどんどん減っていった。その状況に「これはあかん」と危機感を感じた平野さんは、仕事を辞め自分の店を持ちたいと考えるようになった。
ベーグルカフェの誕生
平野さんは、2010年の11月に隣町からニセコ町に引っ越し、お店は翌年2011年の4月にオープンした。自身の店で扱うことにしたのはベーグル。ベーグルは、生地の外側はカリッと、内側は柔らかくモッチリとした食感が特徴のパンだ。平野さんにとってカフェの運営ははじめての経験。ベーグルを焼いたことすら無かった。その当時はニセコエリアでベーグルを扱っている店がなかったため、持ち前の行動力を活かし、ベーグルカフェに挑戦することを決めたのであった。
平野さんが経営するカフェはニセコ町の有島地区にある。木々や小川に囲まれ、落ち着いた雰囲気がある魅力的な場所だ。お店は自宅と一体になっており、木材を基調とした自然を感じる外観になっている。お店の近くには、有島武郎とその歴史にまつわる資料を展示している有島記念館もある。
自分にできる農業を
これまでバックパッカーとして旅をしたり、家族がカフェや畑をやっていたのを幼少期に見ていた経験から、いわゆる「半農半X」のような暮らしのあり方に興味を持つようになった。就農を考えはじめ、自分で「畑」を持ちながら「カフェ」や「宿」を運営したいと思うようになった。
就農する際、有機農業に挑戦したいと町役場の担当者と農業普及員に相談したところ、良い反応を示してくれなかった。農業で生計を立てていくうえでの配慮などもあったのかもしれないが、平野さん自身は、そのような反応にびっくりしてショックを受けた。「応援してくれるかなと思ってたんだけどね。その時に就農するのを辞めようかと思ってしまった。でも、親方にも辞めようかと相談したが、ここまでやってきたんだから頑張ってみたら、と応援してくれた。」その時、お互いの考え方ややり方の違いを認め合えないと、人と人との良い関係性は築いていけないのだろうと感じた。役場や農業普及員の人からのアドバイスもきちんと受け止め、一先ず実践してみることとした。農家は代々家族で継いでいく人が多いため、農業機械などが揃っていない状況で、新規就農するのは、安定した収入を得るうえで難しい。今は自分が大切にしたいと思った考え方や方法でできるところから少しずつ農業を行っている。
現在はメロンを少量作り、農協や道の駅の直売会にも卸すようになった。
「農業はのんびりやっている。学生さんが来て一緒に農作業をしたり、(ワイン葡萄を植えて)自分が美しいと思う景観をつくったりと、そういう部分にフォーカスして農業をやっていきたい」と平野さん。現在は、平野さんが主にベーグル販売やカフェ、宿泊業を運営し、農業は主に妻の香織さんが行っている。夫婦二人三脚で、豊かな暮らしをつくりあげている。
日々の暮らしから学びの機会をつくる
2019年頃から自宅の隣で一軒家一棟貸しの宿泊業と農家民泊を始めた。農家民泊では(有)マルベリーが実施している宿泊体験の受け入れとして、修学旅行生を受け入れ、その中のアクティビティの一環として農作業やパンづくりなどの体験メニューも提供した。こうした形の滞在であれば、先生たちの生徒の管理も最小限に抑えられ、学生さん自身も楽しむことができ、農家さんのサポートにもなり、まさしく三方よしの仕組みになっている。ベーグルの販売とカフェの運営、宿泊受け入れ、畑仕事など、夏のシーズンは大忙しだ。
「外でみんなで働くのって楽しいよね」と平野さん。人が生きていくうえで大切なことはいつだってシンプルなのだと、そう気付かされる。
お互いを「思い合える」未来を
平野さんは自分自身の暮らしの中で、自分の好きなことを楽しみながら生きることにフォーカスしている。「みんなで助け合いながら生きていけたらいいな」そう語る平野さんの言葉はあたたかく柔らかい。平野さんが共感する考え方に「自由の相互承認」というものがある。それぞれの人の生き方、自分が自由に生きるためには、他者の自由も認める必要があり、お互いに自由な存在であることを認め合うことでより良い関係性が築けることを説いている。また自由を認めるのと同時に、自身の考えの是非を他者に問うことも必要になる。
「相手の気持ちを汲み取れる、思い合えるようになれば、それがまさに「自由の相互承認」ということになるんだと思う。それを子供たちが小さい時から教えてあげられるようになったらいいな。」と平野さんは語る。
穏やかな口調で話す平野さんの言葉には、あたたかさと優しさを感じながらも、自分の率直な思いをストレートに表現し、それを実際に行動に移してきた芯の強さ、そして相手の思いや考えを尊重しようとする平野さんの人柄が感じられる。自分の好きなことや思いを大切にしているからこそ、相手の思いや考えも尊重できる、それを自身の暮らしを通して体現している平野さんから多くの学びを得た取材でした。
プロフィール
Photo:佐々木 綾香
SEED BAGEL & COFFEE COMPANY
平野 大輔
北海道釧路市出身。大学生の頃にスノーボードに熱中し、ニセコの山に魅了され、2001年頃にニセコエリアに移住。2010年11月に隣町からニセコ町に引っ越し、翌年2011年4月にベーグルカフェ「SEED BAGEL & COFFEE COMPANY」をオープン。カフェ運営のほか、農業や宿泊業などさまざまなことに挑戦し、自分らしい暮らしのあり方を模索し実践している。
文責:佐々木 綾香