INTERVIEWインタビュー
「食」から創造する新たな価値と生き方の多様性 < 前編 >
2021.04.10The POW BAR |
スコット 愛
取材日:2021.02.23
Photo:牧 寛之
ニセコ町内で未来の「食」について考え行動する女性がいる。栄養補給のお助けアイテムとも言えるエナジーバー「The POW BAR(ザ パウバー)」を製造・販売し、そのコンセプトを体現したカフェ「The POW BAR cafe」を運営するスコット愛(すこっと めぐみ)さんだ。エナジーバーとは、登山などアウトドアのアクティビティを行う際や、食事の時間を十分に取れず忙しく過ごす人々などが、体に必要な様々なエネルギーを迅速に補給することができる行動食である。エナジーバーを通じて人々の食の選択肢を増やし、新しい価値を提供することを目指す愛さんのお話を伺った。
ニセコ町の元町地域に位置するThe POW BAR cafe。木材を使った自然を感じる外装のお店に足を踏み入れると、落ち着いた雰囲気の中にキラリとセンスの光る家具や照明、植物などが配置されている。店内の一角に設けられた書架には、ニセコの自然や暮らしを感じられる本や、食に関する国内外のさまざまな本が並んでいる。
このお店を切り盛りしている愛さんは北海道の小清水町出身で、2014年に大阪からニセコ町に移住した。高校を卒業するまでは北海道内で過ごし、大学進学を機に東京に上京した。大学では日本文学を専攻し、日頃から興味を持っていた「食」という観点から、日本の昔の食文化やその特徴、歴史などを文献から学んだ。大学を卒業してからは、大手アウトドアメーカーの店舗の販売員として東京で働いた。約4年間販売員として店舗で勤めたのち、本社の企画部に配属され、商品の企画開発に携わるようになった。東京以外にも札幌や大阪など、様々な場所で働いた。
チャンスの女神は前髪しかない
ニセコ町に移住したのはテレマークスキーがきっかけだった。販売員として働いていた時に、一緒に働いていた周囲のスタッフでテレマークスキーを楽しんでいる人たちがいた。周りの人たちからの影響もあり、愛さんもテレマークスキーに没頭していった。ある日、通っていたテレマークスキースクールの講師から、ニセコエリアにあるテレマークスキー専門ショップで冬の間働いてみないかと誘いを受けた。当時働いていたアウトドアメーカーで商品の企画開発の仕事を始めてから、まだ2年ほどしか経っていない時期だった。短期間の仕事のために、今まで積み重ねてきた仕事を手放すことに迷いもあった。しかし、いずれは北海道に戻りたいと考えていたし、新しいことができるならやってみたいと思い、ニセコに行くことを決めた。冬の仕事が終わった後のことは何も決まっていなかったが、ニセコという場所に対する期待感のようなものもあり、不思議と不安は無かった。
「チャンスの女神は前髪しかない」。愛さんが自身の人生の中で大切にしている言葉の一つだそうだ。自分の人生に変化をもたらしていくうえで、舞い込んできたチャンスをどうタイミング良く捕まえられるかが鍵となる。「チャンスの女神は後ろ髪がないから、通り過ぎてしまったら掴んで引き戻すことができないんです」。チャンスの女神が目の前にきたら、通り過ぎる前に前髪をつかめ!チャンスの女神の前髪をつかんだ愛さんは、女神に連れられてニセコの地を踏むこととなった。
思いと行動の原点
現在の愛さんを形作るベースとなったのが、昔の日本の食に対する興味と、子どもの頃から親しみがあった山登りでの経験だ。昔の人が食べていたものは、保存料や甘味料といった人工の食品添加物を含まないとてもシンプルなものだった。しかし、そんなシンプルな食事をしていても、昔の人たちは現代の人が考えられないくらい長い距離を徒歩で移動するなど、体をとてもパワフルに動かしていた。昔の日本の食事に様々な可能性を見出す中で、現代の人々の「食」に疑問を抱くようになった。「食べ物ってもっとシンプルにしてもいいんじゃない?」。
愛さんを形作るもう一つの要素として、山登りの経験はかかせない。愛さんの父が山登りが好きだったため、父によく山に連れて行ってもらっていたという。父との山登りの経験から、愛さん自身も山に登ることが好きになった。大人になり、山登りを楽しむ中で、行動食としてエナジーバーを食する機会があった。長期で山登りに出かける場合、衣食住にかかわる道具を一式背負って山を登ることになる。そのため、なるべく軽量でスペースを取らず、栄養素をより多く摂取できる食べ物を持っていく必要がある。エナジーバーはそのような場面にピッタリの食品で、その頃から様々なエナジーバーを山登りの現場で試すようになった。
これまで実際に試してきたエナジーバーは、愛さんにとってはあまり美味しく感じられず、せっかく栄養補給として食べたのに逆にバテてしまうこともあった。精製されすぎた糖は急速に血糖値を上昇させ、すぐに動くためのエネルギーを補ってくれる一方、その後上がった血糖値が急激に下がってしまうという弱点もある。身体中のビタミンがどんどん失われていくような成分配合になっているものもあるそうだ。体を酷使する山の中に身を置き極限の状態を過ごすと、身体が本当に求めているものが分かるようになる。大学生の時に体調をくずした経験もあったことから、自然の食材や食べ物が持つ、体を回復させる潜在的な能力に興味を持つようになったのだそうだ。
プロフィール
Photo:牧 寛之
The POW BAR
スコット 愛
北海道小清水町出身。エナジーバーブランド「The POW BAR」の創設者。アウトドアメーカーでの販売や商品企画開発の経験を経て、ニセコ町に移住。日頃から抱いていた食に対する興味関心や趣味の山登りでの経験などから、自身が大切にしてきた「自然に寄り添う暮らしと食べ物」をかたちにしようとエナジーバーの開発を決意。前身のエナジーバーを現在の「The POW BAR」にリブランディングする際、そのコンセプトを体現したカフェ「The POW BAR cafe」を同時にオープンした。
文責:佐々木 綾香